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東京高等裁判所 昭和36年(う)1144号 判決

控訴人 被告人 高村二三子

弁護人 田中耕輔

検察官 渡辺薫

主文

本件控訴を棄却する。

理由

控訴の趣意第二(法令適用の誤)について

所論は、旅館営業者において、いつたん宿泊客等に客室を提供した以上、その占有使用権がその宿泊客等にあることは疑のないところであるから、本件のように、いつたん宿泊客が客室の占有を取得した上、被告人が不知の間に芸妓らを直接電話その他の方法で呼び寄せ、これと情交関係を結び、その対価を芸妓に支払つたような場合においては、被告人は、その情を知つて売春を行う場所を提供したことにならないことは、いうまでもないところである、また、原判示星楽荘は、株式会社であつて、被告人は、代表権を有しないその一役員に過ぎないのであるから、旅館たる星楽荘の占有管理権は、法人たる星楽荘か、その代表取締役たる高村市平にあるのであつて、被告人には、その権限がないものと解すべきである、もつとも、原判決挙示の証拠を見ると、星楽荘の旅館及び飲食店の各営業許可名義は、いずれも被告人となつているのであるが、その申請及び許可は、星楽荘が株式会社になる以前のものであり、飲食店営業を行う者が男である場合には、その氏名を表面に出さず、形式上、その妻名義で営業許可の申請を行うことが往々見受けられるのであつて、本件の申請及び許可の場合もその一例に過ぎないのであるから、右旅館及び飲食店の各営業許可名義がいずれも被告人になつているからといつて、これをもつて、法人組織に改められた後における星楽荘の営業の実体を判断することはできないにもかかわらず、被告人を星楽荘の営業主体であるとして原判示売春防止法違反の事実を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤がある、というのである。

よつて按ずるに、原判決挙示の各証拠及び記録編綴の甲府地方法務局吉田出張所登記官吏秦武雄認証の昭和三十五年十月九日付株式会社星楽荘の登記簿謄本の記載を総合すると、被告人は、昭和三十一年四月三十日山梨県から星楽荘なる名称で、旅館営業については許可期限永久、飲食店営業については許可期限五ケ年の各営業の許可を受け、爾来右各営業を継続していたが、その後、右星楽荘の設備を使用して旅館業及び料理飲食業その他の営業を目的とする株式会社星楽荘が設立せられ、高村市平、高村二三子ほか一名が取締役に就任し、会社を代表する取締役が高村市平と定められ、昭和三十三年二月六日その登記手続がなされたこと及び同年四月十六日会社の営業目的が旅館及び料理飲食業その他これらに附帯する一切の業務に変更され、同月十七日その旨の登記手続がなされたことが明らかである。

しかし、売春防止法第十一条第一項にいわゆる「場所を提供した者」とは、その提供した場所について事実上の支配力を有する者であれば足りるのであつて、必ずしも所論のように売春を行う場所として提供された旅館等の経営者や会社たる旅館等の代表取締役などを指称するものでないことは、いうまでもないところである。そして、原判決挙示の各証拠を総合すれば、被告人は、主として原判示星楽荘の帳場においてその従業員を指揮、監督し、宿泊客等を客室に案内させ、宿泊客等から従業員を介して宿泊料等を受け取り、あるいは宿泊客等の依頼によつて芸妓を呼び寄せ、その宿泊客等から遊興費等を受け取つたりして事実上右旅館の営業を主宰していた事実が認められるのであるから、被告人が株式会社星楽荘の単なる取締役であつて、会社を代表する権限がないからといつて、右認定のような同旅館に対する事実上の支配関係を否定し去ることはできない。なお、旅館の経営者が宿泊客等に客室を提供しても、これによつて経営者が客室の占有権を失うものではないものと解すべきであり、前記認定のとおり、被告人は、旅館星楽荘の営業を主宰していたのであるから、同旅館の客室に対する占有権をも有していたものと認むべく、被告人が宿泊客等に客室を提供してもこれによつて被告人が右客室に対する占有権を失うものではないと解すべきである。そして、原判決挙示の各証拠によれば、被告人は、原判示宿泊客らの注文により原判示各芸妓らが右宿泊客らに売春することの情を知りながら、同芸妓らを原判示星楽荘に呼び寄せたばかりでなく、同旅館の従業員をして、売春の相手方たる宿泊客らの客室に、右芸妓らが宿泊するための寝具等を用意させ、もつて、その売春について便宜を図つたことが認められるから、原判示各売春の事実は、いずれも被告人不知の間に行われたものであるということはできない。

従つて、原判決には、なんら所論の違法はなく論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 下村三郎 判事 高野重秋 判事 堀義次)

弁護人田中耕輔の控訴趣意

第二点一、旅館営業に於いて、一度宿泊客等に部屋を提供した以上、その部屋の占有使用権が、その宿泊客にあることは疑いない。従つて、一旦客が、その部屋の占有を取得した後に、当該のお客が芸妓等を電話其の他の方法(宿泊前の約束等)で呼寄せたものであれば、被告人が情を知つて場所を提供したという構成要件に当然に該当するとは言い得ない。

二、星楽荘は、法人組織であり、被告人はその役員にすぎない。そして、その営業は、主として、高村市平と被告人両名が行つているのであるから、星楽荘の占有管理権は、法人星楽荘が少くとも、代表取締役高村市平にあると解するべきである。食飲業営業許可名義が、被告人となつていることが原判決の証拠として、掲げられているがこれは、星楽荘が法人となる以前の申請になるものであり、又飲食店営業を行う場合、実質的経営者が男である場合は、自己の名を直接出すことなく、その妻の名義で許可申請を行うことは、往々にして見受けられることであるから、過去の許可名義を以て法主体の変化後の現況を判断することは、誤つている。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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